「聖の青春」読書感想文の書き方と例文&ポイント


今回は、天才棋士の人生紹介した聖の青春あらすじと、読書感想文をご紹介いたします。この作品は、今年映画にもなり話題を集めていますね!

~~目次~~~~~~~~~~~~~~~
「聖の青春」あらすじ
「聖の青春」読書感想文の例文
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「聖の青春」あらすじ

1969年(昭和44年)6月15日、村山聖(さとし)は、父・伸一、母・トミコの次男として、広島大学付属病院で生まれた。
活発で健康な聖が4歳になる年の初夏、兄・祐司らと共に茶臼山の沢に遊びに行った。

そこで鉢合せしたマムシを蹴散らすために祐司が投げた石が命中しマムシの胴体を分断した。

聖はその夜から激しい高熱を出し、それからも聖の体調が優れないことが続く。父・伸一が明らかにおかしいと気が付き聖がネフローゼと診断されたのは1年後だった。

伸一は聖の病に気が付かなかった迂闊さを、母トミコは医者から「大変な病気にさせてしまった」との言葉に傷つき、祐司は自分が投げた石のせいでマムシの呪いをこうむったのではないかと家族それぞれが後悔と責任の思いを胸奥深く張り巡らせることとなる。

まだ幼い聖は遊ぶことも制され入退院を繰り返し、共に入院する子供達の日常的な死を身近に感じながらどうしようもない矛盾で感情が爆発することもあった。

苦しい入院生活のなか伸一が持って来た将棋盤との出会いで聖の人生が変わる。将棋と言う不思議なゲームがベットに縛り付けられていた少年に新しい翼と無限に広がる世界を手に入れたのであった。

もって生まれた集中力で漢字も読めないのに大人の将棋の本をむさぼり読み、10歳で将棋教室に通い始め、次第に全国レベルの高さそして中学生でプロ棋士となった谷川浩司が、21歳で名人になったニュースを知る。

「奨励会に入りプロになる、谷川浩司を倒したい。名人になりたい」聖は中学1年にして強い信念と共に自分の進むべき道をこじ開けて大阪へ。運命の師、森の元で勝負師として波乱万丈の道を進む。

あらすじの残り(詳細)は、下の「読書感想文の例文」中で紹介しております。
 

【ポイント】

・村山聖の人生感
・将棋への一球入魂の生き方
・聖を支える家族・師匠・友人の愛

 
「聖の青春」は村山聖の伝記であり、その感想を一つのテーマでまとめるのは非常に難しい濃厚な作品であります。
今回は村山聖の人生のポイントを特に印象に残った内容の中から大きく3つに分け感想文としました。作者と村山聖に関わった人々の聖への愛情にあふれ、聖の情熱を強く感じ取れる作品です。

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「聖の青春」読書感想文の例文

以下、読書感想文を書くための「素材」になる原稿を掲載いたしましたので参考にしてください。文字数は 6510文字 ありますが、本文の中から「村山聖の人生感」「人々が聖に魅かれる理由」「聖の様に生きるとは」の3テーマについて掲載いたしました。


 

■原稿とペン「聖の青春」を読んで
(6510文字)

便利な文字数カウンター
 

村山聖、享年29歳。夭折の棋士、怪童、稀有な天才棋士、羽生が恐れた男など様々な呼び名があります。彼が亡くなって20年余りの月日が流れた現在でも聖に焦がれその功績をたたえる将棋ファンが絶える事のない伝説の棋士です。

聖の生き様が人々に支持されるのは「村山聖の人生感」「人々が聖に魅かれる理由」「聖の様に生きるとは」の3つにあると感じました。ここではその3つに私なりに感じた点を記したいと思います。

【1】村山聖の人生感

村山聖の人生は「病と将棋」その2点が全てといっても過言ではないでしょう。
「病気があったから将棋があり、切っても切り離せないもの」と言ったこともあるそうです。将棋を知らない私がもっとも心引かれたのはそんな聖の命への尊厳・死生観にあります。

兄・祐司らと共に茶臼山の沢に遊びに行き、鉢合せしたマムシを蹴散らすために祐司が投げた石が命中しマムシの胴体を分断したその夜から聖の体に病が降りかかります。

激しい高熱が回復しても体調を崩すことが続き父・伸一が異変に気付きネフローゼと診断されたのは1年後。気付けなかった父。医師より「病気にした」と責められた母、マムシの呪いと己を責める兄それぞれが聖の生涯に贖罪の念を持ち続けることとなります。

入退院を繰り返し、幼くして友人たちの死を目の当たりにし、心と体のバランスが取れない幼い聖の人生の希望となったのが父から教えられた将棋です。

病気と言う理不尽さを抱えた聖の「激しい癇癪」は何度目かの入院生活で得た1冊の将棋の本からガラリと変わります。

同室の子供達の死から聖自身も死に抗うことが出来ずいつ自分に降りかかるかわからないと感じ続ける恐怖。友達達の死に見て見ぬ振りしかできず、自由になることもない苛立ちは大人への反抗・怒りとして膨れ上がりましたが聖は将棋の中だけでは自由でした。そこでだけは大空を駆け巡るような翼を得て、その世界が広がるばかりだったからです。

聖の元来の集中力の強さは自由を求め小学3年で「名人になりたい」と人生の目標を見定め、生きる目的が出来たのでした。

もちろん限られたものしかプロになれない世界。

プロ棋士を目指す道は研修機関「奨励会」に入会しプロ棋士の弟子になる第一歩から始まります。ですがそのスタートは「奨励会」への入会見合わせという将棋界の特殊性や大人の事情やメンツにより苦難を乗り越える事からスタートします。プロになるまでの制限時間と人生の持ち時間が短い事を肌で感じている聖。「恐いのは大人じゃ」「恐いのは人間じゃ」「人間は嫌いじゃ」と泣きながらの慟哭はあの時のマムシの恨みを代弁してかのようでもあり、聖の命を吸い取るもののようにすら感じ、その怒り、悲しみがどれほどのものであったかと思うと胸が締め付けられるような思いがしました。この出来事で聖は利己的である大人を徹底的に信じない性格になったと感じられました。

聖は将棋に対し寝食無く学ぶ事、挑む事に立ち向かうものの、幾つになっても体調の問題が付いてまわります。将棋で精神が追い込まれると、肉体を追い込む。不戦勝も多々あれば、戦いを終えた後は必ずと言っていいほど寝込みます。母を呼び医者に叱られ微動だにできなくなるほど寝込むのがいつものパターンとなります。

聖が語ったエピソードに「20歳になれて嬉しいんです」と少女のように顔を赤くし「死ぬまでに女を抱いてみたい」とうつむき、癌が再発し「免許を取りたい」と語る。そのどれもハードルの高くない願望が聖には儚く尊い夢でした。

そんな聖にかろうじて活力を与えていたのが名人と言う光でした。なぜそこまでとの答えは聖にとって将棋でプロそして名人になるということは聖が何事にも拘束されない己の尊厳、自由の象徴であったのでは?と想像できるからです。

人生の時間の重みを知った聖は、全ての命の尊厳を強く守りたい人となります。弱者への救済や生きよう伸びようとしているノミや爪や髪にまで及び「伸びようとしている髪をなぜ切らなければならないのだ」と泣きわめる純粋さを持ち合わせてしまうのです。

名人への道はスピード昇級はするものの病魔との闘いも付いて回るものでした。だから誰よりも必死に学び、誰より強く名人に焦がれ思いが深くなるほど、将棋という勝負の世界への嫌悪感も抱くのです。「僕が勝つと言うことは相手を殺すと言うこと」優しすぎる聖はそのことに時に耐えられなくなります。故に嫌悪感と行動のギャップを埋めるかのように寄付を続け、闘志を奮い起こし「名人になり将棋をやめたい」と願うのです。
聖にとって収入や名声はどうでもいいことで、思うことは「命あるうちに名人になる」のただそれだけだったからです。

弱者の痛みを抱える稀有な天才棋士の村山聖。
聖の精神を支えたものは、焦がれるほどの自由。聖が目指す「谷川名人を倒したい」との信念は頂点に立つ者が持ち合わせる万能の自由が透けて見えたからではないかと思いました。
弱き者でも死の恐怖に打ち勝ち、何者にも犯されず生きる自由。聖の人生感はそこに集約されていたように思いました。
 

【2】聖を支えた人なぜ聖に魅かれるのか?

聖は棋士となる健康力の欠落した人でしたが、それを埋めるかのように多くの愛に恵まれた人でした。
特に聖にとってなくてはならない人とは両親と師匠の森だと思います。
彼らの愛情がなければ、怪童と呼ばれるほど天才であっても将棋の道を進むことが出来なかったであろうと思われるからです。

家族は聖の病に贖罪のように「聖にはとにかく何でも好きなことをさせてやろう」とあらゆる協力をいとわず手探りで行動します。病気への聖のジレンマで暴れても叱る事も出来ず、不憫に思い、我ままを受け入れる。それはガラス細工を取り扱うかの様に聖の希望はすべて聞き入れます。

少し甘やかしすぎなのではないか?との印象も否めないのですが、両親と兄にある「自分が病気にしてしまったのでは」との罪の意識は病気への愚痴を言わない聖が多少の我がままや激情し暴れるほうが彼が生きていると実感できたのかもしれません。

幼少より入退院を繰り返し、13歳で親元を離れ、共に過ごした日々は長くない家族関係の中、息子が血反吐を吐く思いで将棋と対峙し、知らぬ間に大人になり、成す術もなく亡くなってから将棋への情熱を改めて知った家族でした。
両親にとって「自分の子であって自分の子ではない」というような思いと聖を通して「様々な縁を結べた事」を感慨深く語っています。

親子関係として十分な愛情の交換が出来なかったのは事実でしょう。ですがこの家族であったからプロになれたのは間違いありません。

私は人の親になるということは、その子が一人でも生きていける力を身につけさせることが最大の愛情ではないか?と思っています。
親としてコントロールできないのは聖の病気です。ですが聖の持つ将棋への情熱は家族の下では収まりきれない才能の片鱗を感じたが故でしょう。

子供を旅立たせることは親にとっては身を切られる思いでしょうが、帰れる場所を整えつつ背中を押してやるのは親にしか出来ないことなのです。子供を信じてやることは親子の絆を硬く結びつけるものだと思います。子供に自由と信頼を与えるのは親としての覚悟そして愛情がそうさせるのだと思いました。

大阪へ出てきた聖は第二の親、兄弟、友人のような深い結びつきとも言える聖の師匠の森と奇妙な同居生活を始めます。
この森がいなければ聖はプロ棋士として存在しなかったと断言できるでしょう。

奨励会入会見送りから始まったプロ棋士を目指す生活。13歳の聖との共同生活の中。自転車の練習から中学転入手続き、毎日「更科食堂」で無言で食事をし、将棋を学ぶ。将棋会館からトボトボ帰り、風呂にもろくに入らない生活。時に泣き叫ぶ聖の髪を引っ張り床屋に連れて行く親のような事をしても、そこにあるのは自由を謳歌できる生活。上下のない人間関係。夢のある会話や好奇心のパワーを肌で感じる生活で聖は「信じられる親以外の大人」に会ったのは森という師匠が初めてだったであろうと思いました。

時に病に倒れた聖のパンツを洗い、寝ずの看護。聖の病状に神経をすり減らし、一心同体のように追い詰められた気持ちになる森。
「冴えんなぁ」とそれでも昇段へ惜しみない努力をします。
「二人の(心の中)景色は似ているんじゃないだろうか」と少年の聖にシンパシィを感じつつも聖にとてつもない魅力を感じ、聖の純粋な魂にゆずぶられ、見方によっては森が自分の夢を聖に託したようでもありました。森は聖に一目ぼれしたと言っても過言ではないのです。
同居生活は聖の体調と昇進を思い1年に満たずに終わらせるのも全ては聖の為でした。

よく「人は一人では生きていない」と言いますが、現代では何かで大成しようと思うなら幼少からそれに取り組み、親の絶対的な協力と専門的に指導してくれる存在なしにはありえない事です。聖は自然とそうならざるを得ない生まれの子ですが、聖の魅力は誰の前でも人生に一生懸命なのです。

もちろん聖自身、自分がいかに家族や師匠に重い負担をかけているかと言うことを自覚していました。だが自分でどうすることも出来ない無念さ、溶岩のように胸を焦がし、荒れ狂い、漂流する心は将棋で白星を挙げることが全ての矛盾に対抗できる術であり、自分に関わり苦しんだ全ての人をも正当化することと信じるのです。

自らの体験から命の尊厳を守ること、どんな境遇でもあきらめない心、人間社会に対しシニカルでありながら反面する強い好奇心。利口に振舞うがすぐにばれる人の良さ純粋さ。森は村山聖は極端な強さと弱さを持ち合わせた「こんな面白い男」と言います。面白い男はけして一人ではなく家族や師匠の夢や犠牲を背負って生きていたのでしょう。

聖の棋士としての成長を思い、突き放す愛情すら持ち出す森は聖が亡くなった後に「村山君、もうわしの力は要らんのか」「助けは要らんのか?」と泣きじゃくります。親同様の森の愛情はこの人が聖の師匠で良かった、2人は出会うべく結ばれた師弟関係なのだと心が熱くなる思いがしました。

人は「強いもの」に憧れます。「弱いもの」を守りたくなり「頑張る人」に感動します。強さ弱さ懸命な姿は人をひきつける強烈な求心力だからです。

人にはそれぞれ夢があり、大人になるほど勝者敗者それぞれの気持ちがわかるようになります。夢をつかむと言うことは勝つ事でありますが、何かを得るその道のりが険しいほどに結論への喜びも落胆も大きくなるものです。ですがその人の人生を作るのはそこまでの道のりなのです。聖の強く弱く頑張る生き方は誰が見てもウソがなく、魅入られずにいられない。誰しもが聖の中に自分を重ねてしまうのかもしれません。

聖を取り囲んだ人々も死後に「あんなにかわいいやつはいなかった」「あそこまで純粋な男がいるだろうか」と語り泣きます。
森は「もう村山君のような人間には二度と出会えない・・・楽しかったねぇ」と語ります。
聖のような真の意味で人間らしい人間の条件とは穢れの知らない純粋さなのだと思いました。
 

【3】聖の様に生きるとは?

本作を読むと多くの人は感動感銘を受けると同時に「村山聖はやはり特別な人間でその生き方に到底真似できず、自分の人生では足元に及ばない」「少しの努力で命懸けと言ってはいけない」と少なからず感じるのではないでしょうか?
私は聖はマイノリティであると同時に私たちと同じマジョリティでもあると思っています。

私が思う社会の疑問点の一つにマイノリティである事を盾に権利を激しく要求する人々とそれに言いなりになっている社会の図式が成立しすぎていないか?と言うことです。

「~だから優遇して」「~だから保護しろ」との弱者の強要がマジョリティを追い詰めているようにすら感じるのです。

人は健康に恵まれ日常は死に追い詰められていなければそれを当然と思い、幸運を忘れがちかもしれません。
ですが思うのは多数派・少数派それぞれに悩みの深さ、暗さ・重さは違えどそれらは比べるものではなく誰しも闇は持ち欠落している「同じ人間同士である」事が大前提だと双方共忘れていないか?と感じるのです。
私も含め、与える事も与えられる事も当たり前だと刷り込まれすぎてはいないか?とも思うのです。

聖の「人間は悲しみ、苦しむために生まれた。それが人間の宿命であり、幸せだ。僕は、死んでも、もう一度人間に生まれたい。」と言い「ネフローゼを体の一部と思い、病気がたくさんの体験をくれた」と手記でつづっています。

「将棋は心の強さ、精神力の強さを競うゲーム・・・体の弱さや年齢も関係なく全力を尽くす。この病気もそういう所があると思う。人間は常に主観的で他人の痛み、気持ちを真に理解することはありません。哀れみ、同情もなく常に対等と言う意識です」「将棋は勝ちか負けの世界・・・誰も入り込めない神の世界」ともつづり神様への願い事は「神様除去」と語っています。

コンプレックスや悩みは自分の一部にするもの。苦しみがあったから得たものがあり、感謝できることもあると誰よりも理解していたから聖は「もう一度人間に生まれたい」と願ったのです。
聖は弱者に徹底的に慈悲のある人でした。ですが彼の残した言葉の中には、どんな人間も神や宇宙から平等に宿命を与えられていると伝えていると思うのです。

ではどうやって人生の悲しみ苦しみを乗り切るか?将棋の勝敗は聖にとって生か死に等しいもので聖の人生そのものでしたが苦しみが大半であったのも事実です。その宿命を与えたを神を除去したいとの答えも理解できます。
ですが聖が苦しみの中にいながらも「もう一度人間に生まれたい」と願ったのは人生の苦しみが深いほど強く輝けるチャンスと翼を与えられていると知っていたからだと思います。

聖の望みは将棋の名人になること。その翼をもがれないこと。死の淵に至る最後まで利己的になる事無く、静かに人生を終えることを選びながらも尚、名人になる夢で自分を支え、末期の癌に至っても頭脳に影響が出ないよう最後まで鎮痛剤を拒み続けた聖。最後の言葉は「2七銀」その精神力を貫き死に対しても負ける事はありませんでした。A級在籍プロ棋士のまま聖が望んだ宇宙以前に旅立っていきました。

彼の純粋さ、情熱、生命全般への愛、真理を貫く人だったから人々は聖に魅かれ今なお人々を感動させつづける伝説の棋士となったのでしょう。
そのような激しく強く苦しみの多い人生をそのまままねることは多くの人には出来ないのかもしれません。だが彼の人生や苦しみ努力に心打たれる人間も多少なりとも闇は持ち合わせていてそれこそがその人が輝ける人生を作れる神からのギフトなのかもしれません。困難にくすぶるのも聖のように輝くのも自分次第なのです。
奨励会での辛い日々を共にした加藤が敗戦し年齢制限で退会という日、泥酔した聖は加藤に「加藤さんは負け犬です。僕は負け犬にならない」と殴り合いのケンカになります。森はそんな村山に対し「説明できない悔しさや誰にも言えない怒りというものはわしにもある。人生や運命に対する無力感はきっと誰にでもある。それはきっと村山君がしたようにしか表現できないのかもしれん」と慰めます。

人生は誰のものも簡単ではありません。他の人の人生と取り替えることもできません。辛さ、悔しさ、怒り、無力感誰もが抱える苦しみと人は生涯伴走する事が真実なのでしょう。それでも逆境という伴走者が実は神や宇宙から与えられたギフトであると気が付き、懸命に純粋に生きぬけば、宇宙以前に旅立てるのかもしれません。本書作者であり聖の東京での師と言われる大崎は言います。「村山の夢はかなったのだろうか。・・・名人になることが夢だったのか、それとも名人になろうとすることが夢だったのか・・・。」私は思うのです「夢見る人は美しい」と。村山聖には翼がありました。そしてまだそれを羽ばたかせていない人に聖から生きることへのエールが届くことを祈りたいです。「負け犬になっていないか?」と。
 

自分の人生で経験できない世界を本から学ぶ

読書感想文を書くことはたいへんですが、書くことで読書だけでは得られない気づきが得られることが多いものです。ガンバて下さい。(^o^)ノシ

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