「老人と海」読書感想文の書き方の例文【7作品】


今回は、ノーベル文学賞作家 アーネストヘミングウェイの代表作『老人と海』読書感想文の書き方の例を紹介いたします。ヘミングウェイは、この『老人と海』が大きく評価され、1954年にノーベル文学賞を受賞しました。

~~目次~~~~~~~~~~~~~~~
「老人と海」のあらすじは?&感想文の書き方の例【その1】
読書感想文の書き方の例【その2】~【その7】
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「老人と海」のあらすじは?

以下は「あらすじ」の紹介に変えて「あらすじ」も分かる「老人と海」の読書感想文の紹介です。

作品の流れに沿って、ところどころに、自分の感じたことがらを挿入する形でも、読書感想文を書くことができる例といえる作品です。

このような書き方の場合、後半で「この作品を読み著者は読者に~」で、自分が感じた作者の伝えようとしたことの推論を掲載することで感想文らしくなります。

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読書感想文の書き方の例【その1】

■原稿とペン「老人と海」を読んで(1730文字)

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この作品は大きく四つのパートに分けることができる。初めのパートでは、老人の漁夫サンチャゴと、少年マノーリンとの美しい交流が描かれている。八十四日も漁で収穫のない最悪の事態を表す「サオラ」になってしまった老漁夫を、大人たちが見放してしまったにもかかわらず、少年は老人の痩せこけ干からびてはいるが「海の色と同じ色」を称え「不屈な生気をみなぎらせている眼」を持つ老漁夫を信頼し、愛し、やさしくいたわる。そんな気づかいに対し、老漁夫は今日こそはと、また漁に出る。

第二のパートは、見渡す限り空と水の他に何も目に入らないという海原でくりひろげられる、巨大な魚と老漁夫との苦しい闘いの記録である。たった一人の力と技と知恵とで、巨魚と闘う老漁夫ではあったが、巨魚も釣られまいと全力で逃げようとする。決して力と集中力を絶やすことのできない過酷な闘いの中で、老漁夫は幾度となく「あの少年がいたらなあ」と思い、水面に現れる飛魚に愛着を覚え、また、船の周りにやってくるひ弱な鳥に哀れみを感じて語り掛けたりをする。

読んでいる際、私はこのような老漁夫の姿は人生における苦しさと孤独を象徴しているかのように感じた。しかし、彼はその苦しさと孤独に負けずに「その気になれば、どんなこともできるのだ。」と、自分を励ましながら、また巨魚に向かっていくのだった。

この部分の描写は、大変細かく、また巧みな表現で描かれており、スリルや緊張感といったものが息もつかせないほどの素晴らしいものだった。

このパートで、私は特に心を打たれたのは、老漁夫の魚に対する愛情であった。また、敵ではあるものの、老漁夫と巨魚との間には「真剣に生きるもの同士」の共感と尊敬の念の存在が伝わってくるのだった。またこれは、後に出てくる「ずるい鮫」の存在を際立てる演出にもなっている。三日三晩の格闘の末、老漁夫は気を失いそうになりながらも、遂に巨魚を仕留め船にくくりつけて港に帰るのであった。

第三のパートも、第二のパートと同じように、激しい内容である。老漁夫が仕留めた巨魚を港に運ぶ途中、その肉を狙ってやって来た鮫に、巨魚の体は食い荒らされ、頭と骨と尾だけになってしまう内容である。もちろん老漁夫は、必死に鮫を追い払おうとする。持てるものすべてを武器に抵抗するが、目の前で巨魚が食いちぎられるたびに、自分の身が襲われているような苦痛を感じるのであった。

老漁夫は鮫との闘いの中で、じょじょに武器を失い弱気になっていく自分に対し「人間は負けるようには造られていないんだ」と闘志をかき立て鮫に立ち向かっていく。この部分の必死さは、巨魚との闘いとは内容を異にするものであり「ずるい鮫」との闘いは、あたかも人生における「不条理な不幸」を覚悟せよとのメッセージではないかと感じ取れるものであった。

最後のパートでは、はじめのパートと同じように、静かな老漁夫と少年とのやりとりが描かれている。静かな浜や、老漁夫のために涙を流す少年、老漁夫と少年との美しい交わりを、情景豊かに描かれているが、海での過酷な闘いと対照的であり、これは、あたかも平穏な日常の「豊かさの価値」を表現しているかのようであった。

この作品を読み、作者であるヘミングウェイは読者に対し「人生で起こりうる困難に対する心構えと教訓」を伝えたかったのではないかと感じた。

老漁夫が、八十四日も魚の取れない日々が続いたとしても希望と自信を失わず、むしろ希望を燃やす姿勢や、格闘の上手に入れた獲物を、横取りされ、結局は何もなくなったが、それでもなお、読者の多くは、老漁夫の気高く尊い「何か」に心が魅かれるはずである。おそらくその何かとは「誇りをもって人生を真剣に生きる姿勢」だと思う。

また、どのような結果になろうと、真剣に生きる姿勢を受け入れてくれ、共感してくれる存在のありがたさ、また、そのような存在がどれだけ人生において大切な存在であるかを伝えたかったのではないだろうか。

つまり、ヘミングウェイはこの作品を通じ我々に、結果はどうなろうと、自らが正しいと思う道を選び、真剣に生きることの価値や「愛する対象の存在」「友情」「仲間」といった、精神的支柱の価値を伝えようとしたのではないだろうか。(1730文字)

その作品をいくつかのパートに分けられる点を指摘する
ところどころに自分の感想を加えながら前に進む
「この作品を読み、著者は~」で著者が作品に込めたメッセージの推論でまとめる

本来、あらすじのようなものを長々と書くのは、読書感想文においては評価の低い書き方です。読書感想文は、読者である「あなた」がどのように感じたかを柱に書くものだからです。しかし、この感想文のように各パートごとに簡単な感想を挿入しつつ、最後で総括的に「作者が伝えたかったことの推論」を書くことで、それらしい感想文作品にすることができます。

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読書感想文の書き方の例【その2】~【その7】

読書感想文の書き方の例【その2】

ここでは、最後の部分で、この本を読んで「反省させられた点」「改善しようと考えさせられた点」を掲げる、標準的な感想文の書き方の例をご紹介いたします。

学校主催の読書感想文は、読者のあなたに、何らかの「学びを得させるため」に本を読ませようとしているものだからです。よって「反省させられた点」「改善しようと考えさせられた点」を掲げることが、出題意図に叶った感想文の書き方になるからです。

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■原稿とペン「老人と海」を読んで反省させられたこと(1890文字)

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主人公のサンチャゴは、メキシコ湾沿岸に、ひっそりと漁をしながらくらしている年おいた老人である。彼には、一人の友である少年がいた。少年は、老人をまるで本当のおじいさんのように慕っている。この二人を結んでいる愛情は、親子以上に深く、また美しい。何のわだかまりもなく気軽に話し合い、漁の用意など、少年は常に老人のことに気を配っている。老人に対する敬愛の心が、またとても尊いものに感じられた。

ここ八十四日間、ずっと不漁続きの毎日が統いている。普通の人だったなら「もうだめだ。」と絶望してしまうところだが、そこは強い自己を持った老人である。なおも海と対決する。ある日、老人は、いつものように漁に出かけて行った。暗黒の中に、老人の船がただ一そうはゆれる。それはまるで老人の固い決意を示すかのように・・・。

大海に浮かんだたった一艘の船の中で、その孤独感を、身にしみて感じながら、老人は「どうか魚がとれますように」と、願わずにはいられなかった。翌日、ついに敵にぶつかった。しかし、その魚は、水中にもぐったままで、水面に姿を現わさない。

まず落ちついて、どうしたものかと考える。いかにも老人らしい。そっちもそっちならこっちもこっち、あくまで対決すると心に決めた。いわぱ、見えぬ敵に抱いて固めた闘志、きりっとしていて、いかにも老人の強い性格が、にじみ出ているように感じた。魚との戦いは苦しかった。綱を持つ手から、血がにじみ出る。寒さが老人のからだをこごえさす。夜になれぽ、暗やみの中を、あてもなく船は漂う。

その時の老人の心は、なんとわびしく、つらかったことだろう。その情景が、まざまざと目に浮かび、まるで、自分がその立場におかれているような気がしてならなかった。「少年がいたらなあ。」と老人は思う。ともすればくじけそうになる、自分の弱い心の迷いをふりはらい、必死に孤独感に耐える。

おもしろいひとりごとをこい、苦しさの中から、快楽を求めようとする。でも、いくらゆかいなことを言っても、内心は・・・。と思うと、そのことばが、かえって痛々しく感じられた。

年おいた体で、孤独感に、寒さに耐えうるその姿は、まさに海で育ち、鍛えた精神力の強さというか、まったく偉大なものだと痛感した。また、このように、物事に真剣に熱中している人間の姿とは、なんと美しいものなんだろうか。

老人は、魚を友と呼ぶ。恐るべき敵なのに友と呼ぶのは、おそらくその魚に愛着を感じ、善意の心で魚を捕えようとする心の姿勢からくるものだろう。

老人は、とうとう魚を捕えた。その時の老人の心は、今までの苦労がむくいられたという歓喜と満足で、はちきれそうだったろう。私も、とび上がって喜びたいくらいだった。けれどもその帰り、耐えうるべきところまで耐えた老人の苦労は、無残にもひきちぎられてしまった。捕えた魚を、鮫に食べられてしまったのだ。あまりにも悲惨な結果である。

少年は暖かく迎えてくれた。すでに、身も心も疲れ果てた老人の心を、無言のうちにわかり、そっとしでおいでやったのだ。そう、今の老人には、もう何も言うことはない。そっと、一人になりたかったのかもしれない。この長く苦しい魚との戦いは、いったい何だったのだろうか。でも、例え魚は食べられてしまっても、老人はそれで満足だったのかもしれない。漁師として、すべての精神力を用い、魚と対決したということに最大限の満足を覚えたのだろうか。

海を友とし、遠く人の世を離れて、静寂に生きる年おいた老人・・・。人から見れば、人生の敗北者とでもいうのに、決してそうではない。それだけでは、わりきれぬ強い精神力が、彼にはあるのだ。素朴でありながら、強い精神力をもっている。何事にも真剣に、本当に熱中する。あくまで素朴ではあるが、人間の生き方としては、最も理想的だと思う。ここまでの彼に形成してきたものは、海と、彼自身なのではないだろうか。

今に至るまでには、苦しいことなど、山ほどあっただろう。しかし、決してめげず、その苦しみを乗り越えてきた彼。彼に苦しみを与えたのは海、その海から受ける苦しみを乗り越えてきたもりは、彼の強い心なのだ。海によって、学び、鍛えられ、人間的に成長してきた彼と今の私とは、なんという差があることだろうか。

苦しいことは遠ざかり、いつも中途半ばな生き方である私としては、彼のように、人間らしく生きなければと、つくづく反省させられた。少年もこのような彼の生き方に心が焼きつき、彼を尊敬し、また幕っているのだと思う。この本を読んで、自然の尊さや、人間としての生き方について、改めて深く考えさせられた。(1890文字)
 

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その他、完成したものから順に掲載していきます。

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『老人と海』読書感想文の例(その3)
『老人と海』読書感想文の例(その4)
『老人と海』読書感想文の例(その5)
『老人と海』読書感想文の例(その6)
『老人と海』読書感想文の例(その7)


孤独は人を強くする。
  孤独は人に気づきを与える。

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