『わたしがいどんだ戦い1939年』読書感想文の書き方【例文2作】


こちらでは
2018年「青少年読書感想文全国コンクール」高校学校の部の課題図書
『わたしがいどんだ戦い1939年』の「あらすじ」や「着眼点」「読書感想文例文」をご紹介いたします。


わたしがいどんだ戦い1939年(評論社)
著者:キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー・作 大作道子・訳
374ページ
本体価格:1,600円
ISBN978-4-566-02454-0

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『わたしがいどんだ戦い1939年』あらすじ&着眼点
『わたしがいどんだ戦い1939年』読書感想文

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『わたしがいどんだ戦い1939年』あらすじ&着眼点

1939年のロンドン。生まれつき足に障害のあるエイダは、母から家に閉じ込められて育つ。弟のジェイミーが学校に通うようになっても、家から出してもらえない。そんなとき、ドイツからの空襲に備え、ロンドンに住む学童期の子どもたちを田舎に疎開させることになる。これが外に出るチャンスだと考えたエイダは、疎開に向かう子どもたちの群れの中に密かに混じりこむ…

イギリスとドイツの戦争を背景としているが、戦争における子どもの生活がメインではなく、母に虐待されていた少女が、たまたま疎開先で預けられた、優しい女性スーザンや疎開先の人々との出会いなどを通じて、「自分」を取り戻していく
 

着眼点の例
     
    次のような「切り口」で自分の考えを述べてみるのはいかがでしょうか?

    戦争の不幸と虐待の不幸の共通点と違い
    障害に対する捉え方の違いがどのような結果の違いになるか
    虐待を繰り返す心理と虐待を無くす方法は?
    出来事に対する意味づけの違いがもたらす結果の違いは?
    人生を切り開くために必要な考え方とは?
    人に対する接し方で心がけるべきこととは?

 

『わたしがいどんだ戦い1939年』読書感想文

用紙・字数のルール その他の詳細
原稿用紙を使用し、縦書きで自筆してください。原稿用紙の大きさ、字詰に規定はありません。
文字数については下記のとおりです。
高等学校の部 本文2,000字以内
※句読点はそれぞれ1字に数えます。改行のための空白か所は字数として数えます。
※題名、学校名、氏名は字数に数えません。

 
読書感想文の「構成」「話の広げ方」「表現方法」などは下記のページに書かれています。

【最重要ページ】読書感想文で「高得点」を得るためのポイントはこちらのページに書かれています!ダウンロードできる「そのまま使えるテンプレート」「構成のサンプル」もありますので是非活用してください。

読書感想文の書き方のコツ図解
(テンプレート付き)

 
『わたしがいどんだ戦い1939年』を読んで①

「虐待は戦争より悲惨なのかもしれない」これがこの本を読んだ私の中心になる感想です。私たちが生きる現代でも虐待により死に追い込まれる人間が現実にいます。それは、日ごろのニュース番組での報道を見ていればすぐに分かるでしょう。また、虐待の辛さから逃げるために自殺に追い込まれる人間もいます。多くは弱者である子供や老人だったりします。

著者は、いじめや虐待は戦争と変わらないほどの不幸なのだということを伝えるべく、この本を書いたに違いありません。日本語のタイトルは『わたしがいどんだ戦い 1939年』ですが、表紙に印刷されている原題は『The War That Saved My Life』であり、直訳すれば『私の命を救った戦争』であることからも分かります。戦争の悲惨さにスポットをあてた作品なら、このタイトルにはしなかったでしょう。

読了後の私の認識からすれば、原題のタイトルこそ、この本の内容にピッタリだと思うのです。考えてみれば、辛さのあまり「死」という同じ結末を迎えることは、戦争も虐待も同じです。また戦争は数年で終結することがほとんどですが、虐待は10年続くことさえあります。この場合、どちらが悲惨かなどの自問はナンセンスだと思います。それは「どちらもあってはならないもの」だからです。

本の始めのころ、エイダがなぜ母親から虐待を受けているかの理由が書かれていました。母親はエイダの右足が足首のところから内側にねじれている内反足という状態で歩けないため、その奇形のエイダを「みっともない」と考え部屋から出さなかったのです。

そのため、窓の下を通る人にエイダが声をかけると、エイダは母親にいすから落とされ叩かれる。そんな「方向性」でエイダのことを捉えていたから、学校にも行かせず、いつも空腹にさせられ、罰を与える時は、ゴキブリがはう戸棚に一晩入れるといったことも平気で出来たのでしょう。

つまり、母親がエイダを虐待する大きな理由は、障害に対する認識を「みっともない」と思う、その「心の方向性」にあったのです。エイダのような母親を作らないためにはどうしたらいいでしょうか。

東京では、2020年にパラリンピックが開催されますが、このイベントは障害に対する捉え方や方向付けを意識づけるうえで素晴らしいものだと思えてきます。「体に障害のある人間も人として等しく尊重されるべき」との考えのもとに、このイベントは開催されるからです。

もしエイダの母親が育った時代に、パラリンピックのような障害に対する方向付けを意識させるイベントや教育が発達していたのなら、エイダのような悲惨な子供時代をおくる人間も激減していたのではないでしょうか。

格言に「人生はその人に何があったかではなく、その人がどのように認識したかである」という言葉があります。エイダの母親が、もしエイダの足の障害に対して「より大きな愛情をもって育てる必要のある子供」という認識をもったのなら、エイダは虐待どころか、より大きな愛情をもって育てられたのかもしれません。すべては認識であり方向付けなのだと思います。

また、この作品では登場人物がみな「不完全な人間」である点が、読者に対して、人生を歩むうえでのヒントを与えてくれていたように思います。作中では、夜尿症のジェイミーや、一日の大半をぼうっとして過ごすスーザン、さらには、ソールトン婦人やマクファーソン大佐といった脇役に至るまで、その不完全さ、言い換えれば「穴のある人間性」が、まるで人と人とを結びつけるための「穴」のように思えたからです。

人間はみな、不完全さという「穴」がるから、その穴と穴とを結びつけることで、全体としての社会が構成されていくということを伝えようとしていたのではないでしょうか。虐待という他人を否定する行為と、人との結びつきの大切さという極端な対比が、まるで人と人との繋がりの大切さを強調していたように思えたのです。

ただ、本書を読み、納得のいかないことろもいくつかありました。それは登場人物それぞれの悩みや課題が解決されずに終わってしまったところです。そのため、エイダの足の状態がその後どうなったかや、虐待をしてきた母親はどうなったか等々、さまざまな未解決の部分が多すぎるのです。

そう思い「訳者あとがき」に目を通すと、なんと「この本には続編がある」とのこと。大ショックであり「やられた感」すら込み上げたほどです。しかしこの本は続編を買わずにはいられないほど、私にたくさんの生きる上でのヒントを与えてくれた素晴らしい作品でした。続編も買うと3,200円の出費になりそうですが、それすら惜しいとは思わせない良書でした。(1909文字)

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    個性的なタイトルの本の場合「なぜそのようなタイトルなのか?」を考え、感想文のネタにしてみましょう。また、本書のように原題と日本版のタイトルに違いがある場合はその点について話を膨らましてみましょう。すると、それらしい内容で文字数が増やせます・・(^∇^)″

    また「私なら、この本に○○というタイトルをつけるだろう」といった、自分が感じた本のメッセージに合わせた「最適なタイトル案」を紹介し話を広げるのもよいでしょう!

 

『わたしがいどんだ戦い1939年』を読んで②
 
 
製作中です・・完成しだい掲載いたします。

 
 
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読書メーター『わたしがいどんだ戦い1939』へのレビュー
 

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